拡大《読書》

和田英作

《読書》

1902年  油彩・カンヴァス

和田英作は、黒田清輝、久米桂一郎の後継者のひとりとして洋画界で活躍し、晩年は東京美術学校校長を務めました。1901(明治34)年10月から翌3月にかけて、パリ南郊のグレー=シュル=ロワンで浅井忠と共同生活を送りながら制作に励みました。宿のそばに住む20歳前後の女性をモデルに、和田は側面から、浅井は正面近くから描きました(浅井忠《読書》東京国立博物館)。2人が交互に記した「愚劣日記」によれば、子どもが泣くのを無視して平気で小説を読むモデルに2人は閉口し、しまいにはモデルをお払い箱にしたといいます。筆あとの残る衣服と背景は暗く、顔と本は明るく光に照らされ、対照的に描かれています。

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