拡大《針仕事》

黒田清輝

《針仕事》

1890年  油彩・カンヴァス

法律を学ぶためにパリへ留学した黒田清輝は、画家山本芳翠らに勧められて洋画家に転向します。伝統的なアカデミズムと新しい外光表現を合わせ持つラファエル・コランに師事し、サロンに入選するまでの技量を身につけました。28歳で帰国した後は、洋画壇に新風を吹き込み、有力な旧薩摩藩士の嫡男という出自もあって、招かれて東京美術学校に新設された西洋画科を率いることとなります。西洋の絵画学習法や主題の選び方など美術にかかわる基本的枠組みを日本に移入しようと心がけ、明治期後半の美術界に大きな役割を果たしました。
 この作品は、留学中のフランスで描かれました。黒田はパリの南東70kmにある小村グレー=シュル= ロワンを愛してしばしば滞在し、都会から離れ自然と人間生活が調和し、多くの外国人美術家を惹きつけたこの村で、肩肘の張らないのびのびとした作品を数多く残しています。窓辺で無心に針仕事にいそしむ女性は、黒田が部屋を借りていた農家の娘、当時19歳のマリア・ビヨーです。マリアはたびたび黒田のモデルをつとめ、画家に様々なインスピレーションを与えました。窓から差し込む光がマリアの体を包み込み、画面全体をやわらかくほぐしていて、当時の黒田が光の扱い方に取り組んでいたことを教えてくれます。また、後年まで黒田が好んだ、労働する女性という主題の萌芽を見つけることもできるでしょう。

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