このファイルの説明 このファイルは、「みる誕生」鑑賞会報告書をPC-Talkerなどのスクリーンリーダーを用いて、音声で読んでいただくためのものです。 専用のスクリーンリーダーをお持ちでないかたも、お使いのPCで…………Macの場合は設定、アクセシビリティ、VoiceOverをオンにしてご利用ください。Windowsの場合はスタートボタン、設定、簡単操作、ナレーターをオンにしてご利用ください。 読み上げた時に、誤りが出やすい漢字や単語(固有名詞)など一部の言葉を平仮名あるいはカタカナに変更しています。 本書は、2020年10月にアーティゾン美術館で開催した「みる誕生」鑑賞会の報告書です。全体で40ページあり、以下のような6つのパートからなっています。 1/ごあいさつ/2/鑑賞会の内容紹介/3/鑑賞会で朗読した「風が語った昔話」/4/参加された一人ひとりの声の断片/5/協力者とスタッフのコメント/6/奥付。 また、ところどころに、鴻池さんのテキストによる…………ヘビの声が登場します。なお、本書の私的使用以外での無断複製を禁止いたします。 説明おわり 「みる誕生鑑賞会」報告書 アーティゾン美術館 2ページ/ごあいさつ 2020 年1 月17 日にオープンした石橋財団アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)は、毎年いっかい、美術作家の新作と私たちのコレクションを組み合わせる展覧会シリーズを始めました。その第いちだんが、「ジャムセッション 鴻池朋子/ちゅうがえり」です。 鴻池さんは、絵画、オブジェ、パフォーミングアーツといった垣根を自在に跳びこえて、人間がもつ根源的な感覚を突きつめようとする創造活動に取り組んでいます。また、地球上の様々な土地を訪ね、そこに生きる人々との対話を重ね、協働による作品をかたちにしています。今回の展示は、鴻池さんの現在を、アーティゾン美術館の歴史とその作品を用いて浮かび上がらせようとするものでした。 展示のなかで鴻池さんの進行で行われる関連プログラムは、「みる誕生」鑑賞会と名づけられました。そこには鴻池さんの、ヒトが感覚を持ち始める原点にまで遡ろうとする意気込みがあらわれています。ヒトがそう呼ばれるよりずっと昔、まだ視覚や聴覚、触覚といった感覚器官が未分化な瞬間へ近づこうとする、いわば我が儘な願望です。「見る」でもなく、「観る」「視る」でも、さらには「看る」でもなく、ひらがなで「みる」としたことにそれが映しだされています。 このプログラムでは、「見えない人」「見えにくい人」と「見える人」がペアになって進行されました。あらためて述べることでもありませんが、これは「視覚しょうがいしゃのためのプログラム」ではありません。他者がもつ感覚に揺さぶられて、今まで気づかなかった自分の感覚に気づくことをめざした鑑賞会でした。2020年10月に実施されてから1 年5 カ月、こうして報告をまとめることができました。このプログラムは、鴻池さんの発案を出発点にして、教育普及部学芸員の細矢かおりによって具体的な準備作業が落としこまれていきました。新型コロナウイルス感染症の波が押し寄せるなか、広瀬こうじろうさん、半田こづえさんをはじめ、多くの方々のご協力によって初めて実現できたものです。みなさまの大きな、温かいご支援に、あらためて厚くお礼申し上げます。 2022 年3月 石橋財団アーティゾン美術館 学芸員 貝塚つよし 4ページ…………写真のページ 撮影:ながれさとし/鴻池朋子/アーティゾン美術館 全20種より1枚を掲載 5ページ…………作家ステイトメント 人間はいっぴきの動物として 一人一人全部違う感覚で世界を捉え 各々のかん世界を通して世界を眺めている それらは一つとして同じものがない 同じ言葉もない 同じ光もない 芸術がそのことに腹をくくって誠実に取り組めば 小さないっぴきにとって世界は官能に満ち やがて新たな生態系が動き出す イリュージョンを言語にすり替えず 日々出会うものたちをしっかりと手探りし 遊び 粛々と自分の仕事をしていこう 鴻池朋子 …………ヘビ:本は 声にだして 読んでくれなきゃ 聴こえないよ………… 6ページ…………目次 2ページ ごあいさつ 貝塚つよし 5ページ 作家ステイトメント 鴻池朋子 8ページ からだ全体で切りひらく鑑賞会 細矢かおり 18ページ「みる誕生」鑑賞会 概要 20ページ 風が語った昔話 24ページ 一人ひとりの声の断片より 1…………触ることから生まれた言葉 26ページ 一人ひとりの声の断片より 2…………指先でたどること 27ページ 一人ひとりの声の断片より 3…………ふわふわ 28ページ 一人ひとりの声の断片より 4…………さやさや 29ページ 一人ひとりの声の断片より 5…………たゆたゆ 30ページ 一人ひとりの声の断片より 6…………生まれたての感覚で 32ページ 初々しく世界をとらえて 協力者 スタッフのコメント 目次ページ、写真…………遠吠えをして みんなが順番にふすま絵の中心へすべり降りる  目次おわり 8ページ…………からだ全体で切りひらく鑑賞会 アーティゾン美術館 教育普及部学芸員 細矢かおり キックオフ 「みる誕生」鑑賞会(以下、「みる誕生」)は、アーティゾン美術館の開館記念展に続く第2 期目の展覧会…………「ジャム セッション 鴻池朋子/ちゅうがえり」…………の関連プログラムとして、アーティストの鴻池朋子さんが企画したものです。筆者が鴻池さんに展覧会のワークショップを依頼した際、まず初めに伺ったのは…………「作家が何かを教えるのではなく、作家も一緒に考え、語ることを大切にしたい」…………ということでした。開催の約1年前の2019年10月より展覧会と並行してその準備をスタートしました。2019年11月には、同様の目的によるワークショップ「ろっかんの森鑑賞会」(参加作家:鴻池朋子、三輪みちよ/彫刻家、協力:多胡宏/元群馬県立盲学校長)がアーツ前橋で開催されています。 「みる誕生」では、それに続く形で参加者がより主体的に活動することを目指しました。その際、これらの先行例とともに大きな支えとなったのは、ユニバーサル ミュージアム研究会の存在です。同研究会に、筆者は2018年より参加しています。そこでは視覚障害の当事者の方々と各地のミュージアム関係者や研究者が一緒になって「誰もが楽しめる博物館を創造する実践的研究」が共有されています。 通常はさわれるものがない美術館ですが、「みる誕生」の企画に刺激され、各地の先行例にも学びながら鴻池さんとともに、アーティゾン美術館にとっても新しいチャレンジとして期待を高めていきました。 「みる誕生」鑑賞会 コロナかによる日程変更を経て、点字入りのチラシと美術館のウェブサイトにて以下のように告知を行いました。…………「アーティスト鴻池朋子は、眠っていた細胞を呼び起こし、“生まれたての体”のように全感覚で初めて世界と出会う驚きを、『みる誕生』と名づけました。…………目の見えない人 見えにくい人と、目の見える人をそれぞれ募集し、参加者同士が1たい1のペアとなって語り合い、会場を巡る、少人数の鑑賞会を開催します。…………その中に作家も一人の鑑賞者として参加します。会場には“触覚や聴覚でみる”作品も多く展示されます。私たちはそれぞれ全部違う感覚を持って生き、世界と遊んでいます。皆様のご参加をお待ちしております。」…………(チラシ紹介文より) 鴻池さんの作品が並ぶ6階展示室をメイン会場として視覚中心に捉えてきた美術のあり方を問い直し、参加者同士がさまざまな身体感覚を使って1たい1で対話し、作家と美術館も一緒に聞き語り合う試みとして実施しました。各ペアにはスタッフが一人同行して静かに見守りながら一緒に鑑賞しました。およそのプログラムをご紹介します。 ☞ 牛革のくじ引き  参加者が集合すると、はじめにペア決めのくじ引きを行いました。くじは作家の作品素材の一つである牛革を切って形にしたもので、全員が手の感触からのみで形の特徴を言葉にして、同じ形を選んだ二人(目の見えない人 見えにくい人と目の見える人)がペアとなって席につきました。見た目の正解と触って感じることから生まれる言葉は時に異なっており、その違いを楽しみました。 ☞ 凸凹の展示室マップ  次に展示室のマップを確認しました。これは鴻池さんがレーズライターという、専用の紙にペンで描くと線が浮き上がってくる表面作図器で作成したもので、表面に凸凹があります。4枚1組で、展示が次第に出来上がっていくように、①…………大きな部屋と通路を挟んで小さな部屋がある何もない展示室。②…………その中に4箇所の仮設壁が立てられ、③…………真ん中に円形の大きな作品が設置され、④…………最後に小さな作品がたくさん配置されて完成します。波型の線は、細い通路に天井から吊るされている作品たちの印(これは後に「たゆたゆ」という表現になりました)、点々は暗闇、斜線は壁をあらわしており、鴻池さんにならってスタッフも手分けをして5セットを準備しました。手触りだけでマップの細部まで認識できる人は少数でしたが、会場が出来上がるプロセスを指先でたどりながらイメージしました。 ☞ 展示室を一周  6階展示室へい動すると、鴻池さんより入口で靴を脱ぎ、足裏の感覚を意識することが促されました。床に温度差があることや会場の一部にカーペットが敷いてあることを発見したり、「靴をぬいで絵を見たことが一番びっくりした」と語った人もいました。左右に大きく手を広げ、構造くたいの壁と仮設に作られた壁の触り心地の違いを確かめながら、狼や熊の毛皮、狸や狐の襟巻き、牛革のハギレ、毛皮のコートたちが蔦のように垂れ下がり、もじゃもじゃした何かが行く手に現れるインスタレーション《森のこみち》を進みます。 鴻池さんが時折、マイクで壁や部屋の角を触ることをみんなに囁きながら、大きな展示室の壁沿いをペアで一周しました。床や壁、部屋の角にも意識を向けて会場を歩くと、さまざまな身体感覚や音、床から吹き出す空調までもが空間を構成する重要な一部として新鮮に感じられました。 「瀬戸内国際芸術祭2019」で発表された4メートルかける12メートルの《皮トンビ》は、…………国立ハンセンびょう療養所のある、大島を舞台に、長い間閉ざされていた、1.5キロの旧道を鴻池さんが再び切り拓いてつくった周回路《リングワンデルング》に野ざらしで展示されていたものです。山の木立の中で日焼けをしたり、雨風や台風にも耐えた後、燻蒸されて当館に展示されました。…………「大きい/たゆたゆしている」といった実感を一緒に触って体験することを通して、その事物の持っているエネルギーは言葉や知識とは異なるあり方で、大きく深く伝わってくることを感じました。 他にもカチカチと音を立てて動く、鹿のつのが錘となった振り子の作品の前で、ぶつからないギリギリのところに手を伸ばし、じっとその動きに集中するペアなど、それぞれに五感を意識した鑑賞の姿が生まれていました。 ☞ 物語るテーブルランナー  次に奥のこべやに集合し、鴻池さんを含むスタッフ5人の声で「風が語った昔話」を交替で朗読しました。これは鴻池さんがつくった変身物語です。こべやの周囲には、この物語をもとに制作された大きな熊の形をした毛糸のタペストリーや、《物語るテーブルランナー》と題された、鴻池さんのプロジェクトによるランチョンマット大の手芸の作品が93点展示されていました。《物語るテーブルランナー》は、…………鴻池さんが旅先で出会った人々から、個人的な物語を聞いて下絵に起こし、それを語った本人や関係する誰かが、素材の異なるさまざまな感触(触感)の布たち、ビーズや、ボタンなどを縫い合わせて完成させたものです。それぞれの物語は、小さなカードで読むことができ、ペアで触ったり、読んだり聞いたりして鑑賞しました。 ☞ 声と映像の部屋、すべり台  頃合いをみて、スタッフが隣接する「声と映像の部屋」の音量を上げ、雪山や海に響く、鴻池さんの声による風や雪女、狼の遠吠え、歌などの音に耳を澄ませました。そして再び大きな部屋にある、中央の十角形に置かれた襖絵の作品に戻り、その襖を取り囲む大きなスロープの途中に、一人ずつ距離をとって立ち、狼になって遠吠えの練習をしました。鴻池さんの呼びかけに応えるように少しずつ大きな声になり、次第に笑顔や笑い声もこぼれました。最後に一人ずつ遠吠えをしてすべり台をおり、襖絵と、そこに取り付けられている石にも触れて会場をあとにしました。 ☞ 語らい レクチャールームに戻って休憩をしながら感想を伺うと、「熊の爪を『とんがっているわよ』と言いながら二人で触って、すごい爪でした/触ると凄さや鋭さが伝わってきて、こういう感覚は見るだけでは分からなかった/スロープを上る時のギーギーという音など、音の効果が絶大で、わくわくした/遠吠えをしたら口からエネルギーのようなものが出て開放された感じがした/60、70年ぶりですべり台を滑りました」など、体全体でペアの相手と一緒に体験したことによるパーソナルな発見が語られました。 ふりかえって 「みる誕生」は、当館にとって視覚に障害のあるかたに参加を、呼びかけた初めてのプログラムで、…………3回を通して目の見えないかた10人、見えにくいかた3人、見えるかた15人、介助者のかた よにんに参加していただきました。準備を進める中で印象深かったことは、アーティストやスタッフによる作品解説を前提にしないで、対話の中で自然と発生することを大切にしたことです。また、体全体で鑑賞するということは、必ずしも心地良いものだけではなく、鋭さや脆さといった緊張感を伴うものや、すべり台や狼の遠吠えのように個人がチャレンジする要素も含まれていました。参加者にとって怖さと楽しさの両面があり得る幅の広さが大きな魅力であったと思います。 展示空間に没入するように作品と出会い、作家の制作を追体験するような感覚に思いをはせたり、1たい1で他者の鑑賞により深く立ち会うなど、見える 見えないに関わらず、ありったけの想像力を自由自在に駆使することを通して、鑑賞の楽しみは…………深く、広く、力強く、なるのでしょう。コレクション展で同じことができるわけではありません。しかし、美術館の展示室で全感覚を駆使して、一緒に聞き、語り合う魅力を実感したことは大きな経験になりました。この活動を第一歩に、これからも何かしらの事物に即した、わくわくする鑑賞会のような企画を考え続けていきたいと思います。 企画者である鴻池朋子さん、そしてご協力くださった関係者の皆さま、コロナかの中、参加してくださった皆さまに心よりお礼申し上げます。 このテキストには以下の8枚の白黒写真が掲載されています。 写真1 …………くじ引きに使用した牛革製の5つの形 写真2 …………レーズライターで作成した4枚組の会場マップ 写真3…………それぞれが《森の…こみち》で狼や熊の毛皮や爪にふれる 写真4 …………ペアで自由に散策 写真5 …………それぞれが天井から吊るされた《皮トンビ》にふれる 写真6…………みんなで「風が語った昔話」の朗読を聞く  写真7…………それぞれが《物語るテーブルランナー》にふれる 写真8…………それぞれが襖絵にふれる テキストここまで …………ヘビ:本は ページをパラパラすると いい匂いだ………… 18ページ…………「みる誕生」鑑賞会 概要………… 会場:アーティゾン美術館6階展示室および3階レクチャールーム………… ナビゲーター:鴻池朋子………… 時間:14時30分から17時30分…………(2回目のみ30分延長のため18時) 第1回 開催び:2020年10月5日(月曜) 参加者:12人[見えないかた3人、見えにくいかた1人、ガイドヘルパーのかた2人、見えるかた6人] 美術館スタッフ:6人[貝塚、江藤、細矢、小林、佐野、吉岡] 第2回 開催び:2020年10月12日(月曜) 参加者:11人[見えないかたよにん、見えにくいかた1人、ガイドヘルパーのかた1人、見えるかた5人] 美術館スタッフ:7人 [貝塚、江藤、細矢、小林、佐野、吉岡、すなが] 第3回 開催び:2020年10月19日(月曜) 参加者:9人[見えないかた3人、見えにくいかた1人、ガイドヘルパーのかた1人、見えるかたよにん] 美術館スタッフ:6人[貝塚、細矢、小林、佐野、吉岡、松井] スタッフ アーティゾン美術館教育普及部:貝塚つよし、江藤祐子、細矢かおり インターン:小林ゆみ、佐野はるか、吉岡めぐみ 協力:松井かおる、すながサミー チラシデザイン 小川順子 チラシ点字製作 社会福祉法人日本点字図書館 19ページ  主なタイムスケジュール 14時10分 駅に集合(JR「東京駅」、東西線/浅草線「日本橋駅」ほか)スタッフが駅へお迎え 14時から14時30分 美術館に集合 *エントランス開錠 検温、手指消毒、3階へ 14時30分 参加者集合…………@3階レクチャールーム:入り口で消毒、名札作成、後部座席へ 14時30分から15時20分(約50分) オリエンテーション…………@3階レクチャールーム くじ引き:同じ形を引きあてた人がペアに 鴻池さんご挨拶、参加者とスタッフ自己紹介 展覧会マップの紹介(ナビゲーター:鴻池さん) 15時20分から16時40分(約80分) 「みる誕生」鑑賞会…………@6階展示室 *各ペアにスタッフが1人同行。適宜対話に参加 *適宜、手指消毒 30分―靴を脱ぐ。壁、床、作品などをしっかり触りながら、大きな部屋をゆるやかに一周(できるところまで) 15分―個々の作品を、ペアで自由に鑑賞。手と耳と鼻の感触を大切に 10分―朗読「風が語った昔話」奥のこべやへ集合 15分―遠吠え(鴻池さん、参加者 スタッフ全員) *6階エレベーター前で手指消毒 16時40分から16時50分(約10分) 休憩@3階レクチャールーム *お手洗いご案内 *お茶とお菓子準備 くじ引きで使用した革に穴をあけて紐を通してお土産に 「風が語った昔話」のテキスト(点字版、拡大版、墨字版)を配布 16時50分から17時20分(約30分) お茶会、雑談 皆さんの感想 17時30分 駅へお見送り 美術館でお見送り *エントランス施錠確認 「鴻池朋子 ちゅうがえり」展は、2020年4月18日に開幕予定でしたが、4月5日に7都道府県に発令された緊急事態宣言を受けて、開幕びを延期し6月23日から10月25日に開催されました。「みる誕生」鑑賞会は、当初の6月の土日開催を一旦延期し、検討のうえ10月5日、12日、19日の月曜休館びに感染症対策に注意して最小限の人数で実施しました。また、新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から、展覧会の会期中に一般の来館者が作品にふれることは見合わせました。 20ページ…………風が語った昔話 春になると雪はまわりの雪がとけるのを見て、自分の身も危ないことに気づいた。雪はとけて水になって地面にしみ込んだら、地中で違う生きものになろうと思った。地中にはミミズがたくさんいた。そして雪は地中のミミズになった。土の中は気持ちがよかった。でもミミズは地面の中にばかりいたので、地上の世界を知りたくなった。ミミズはタネになって芽を出したいと思った。それならばと、ミミズはタネになった。タネは芽を出した。芽は地上に双葉を開き、どんどん枝をのばし育っていき、大きくなって木になった。 木は自分の枝ぶりを湖に映し、うっとりとしていた。するとそこへ魚がやってきた。木は魚のように動くことも泳ぐこともできない自分は危ないと思った。そこで木は魚になった。魚は湖から川へと泳いだ。渓流を下っていると、そこへウサギがやってきた。魚は白い毛のあるウサギを見て、自分も毛のある動物になりたいと思った。魚はウサギになった。ウサギは森を駆け回った。ふと上を見上げると、空飛ぶ座布団のようなものが見えた。ムササビだった。ウサギは木から木へと滑空できるムササビのほうが強そうに思えた。ウサギはムササビになった。ムササビは山の中ではもう少し体が大きくないと危ないと思った。ムササビはタヌキになった。 でもタヌキは脚が短かかったので、キツネのように長い距離をかろやかに走ることができなかった。タヌキはキツネになりたいと思った。タヌキはキツネになった。キツネはある日、自分よりもずっと大きくて黒いクマに出合った。キツネはクマに狙われそうになった。キツネは小さいのは危ないと気がついた。キツネはクマになった。しかしそこにオオカミが現れた。クマはオオカミに襲われ危ないと思い、クマはオオカミになった。オオカミは自分は山で一番強いと思い、丘の上で遠吠えをしていた。するとそこへ矢が飛んできた。矢の飛んできたほうを見ると人間が見えた。オオカミは人間になりたいと思った。オオカミは毛皮を脱ぎすてて人間の女になった。 人間は草を編んで服をつくった。人間の男はヤリをつかい、女は火を熾してその肉を料理した。弓で鳥も射った。子どもも産んだ。木を切って舟をつくり海へと漕ぎだした。海ではモリをつかってクジラをしとめた。クジラの肉はたいそう美味しかった。お腹がいっぱいになると眠たくなった。ふと人間は足元で昼寝をする猫に気づいた。人間は猫になりたいと思った。人間は猫になった。 猫が昼寝をしていると蝶が飛んできた。猫は蝶にとても興味をもった。どうしても蝶を捕まえたいと追いかけた。追いかけまわしすぎて、猫はついに蝶になってしまった。蝶は空高く飛んで海を渡った。すると同じように飛ぶ渡り鳥と出合った。蝶は渡り鳥になってもっと遠くへ飛んでいきたいと思った。蝶は鳥になった。 鳥はさらに空高く飛びたいと思っていると、彗星がそばを通りすぎた。鳥は彗星になった。彗星は他の彗星と衝突をくり返しどんどん大きな惑星となっていった。惑星はついに太陽になった。 太陽はいつも燃えて明るかったので、夜の闇にあこがれた。それで太陽は夕暮れとともに夜になってしまった。夜はまっくらな闇をたたえて気持ちがよかった。ある日、夜の体に星が瞬いた。そして月も登った。月は満月へとなっていった。満月になると夜はまっくらな闇ではなくなった。ふと下を眺めると月明かりで照らされた山がそこにあった。山は今年初めて降った雪で一面 おおわれていた。雪が月明かりできらきらと光った。そのとき夜は、自分は、かつて白い雪だったことをようやく思い出したのだった。 …………ヘビ:本の端っこを折り曲げて 犬の耳仲間をいっぱいつくろう………… 24ページ…………一人ひとりの声の断片より 1―触ることから生まれた言葉―くじ引き チョウチョウ: これは、チョウチョ。 太ったチョウチョ。 ハートのような形が2つ。 ハナ: 太陽みたいな、お花みたいな形。 10個の、花びらのようなものがついている。 オオカミ: 足はなくて、トゲトゲがたくさんついている。 ハリネズミみたい。 トゲのある魚みたいなもの? イナズマ: 目で見てすぐに「イナズマ」と分かったけれど、 三角形と長方形の組み合わせなんですね。 王様の「王」のような形。 キノコ: マッシュルーム? ずばり、キノコ。 しいたけのようなもの。 一人ひとりの声の断片より 2―指先でたどること―凸凹の展示室マップ 今、右手で触ってもらっているところがスロープになっていて。 その真ん中のところが、なんて言ったらいいんだろうな。 十角形? そう、十角形の丸いような形に。 その内側には絵が、描かれていて。 丸い内側の中にハイれるということ? そうです。スロープはだんだん高くなっていって、 上っていくと真ん中にすべり台があって、 滑ってストンと下に降りられる。 なるほど。すべり台で降りていくと、絵が見える。 そこ、真ん中に何かありましたよね? ありました。これは? これワね、すべり台を降りたところに敷いてあるマット。 ドンってお尻をついても大丈夫なように、 小学生が使うような運動マットをね。 一人ひとりの声の断片より 3―展示室にて 1―ふわふわ この壁、おもしろい。 なんだか、あったかいテントの中にいるみたいです。 うわぁ、これは狼? そうです、分かりますか? 狼の、ええと、これはしっぽ? 脚? ああ、しっぽですね。ふわふわのしっぽだ。 大きいですね、男の子かなあ? 熊の下には、違う動物。これはなんだろう? ん、でも、これも熊? これワね、エゾ鹿。 鹿ですか! 熊よりもちょっとほわっとしているんですね。 一人ひとりの声の断片より 4―展示室にて 2―さやさや これは木かな? たくさん彫り込んであるみたい。触るのが楽しいです。 なんだか「さやさや」としていますね。 こういう感じの葉っぱがあったけれど、なんて言うんでしたっけ? 柳ですね? そうそう、柳。すごい風が吹いていて、 触っても触っても、ずうっと「さやさや」が続いています。 あ! 下のほうに何かがいる。 こういういたずらもしているのですね。 これはだぁれ? 短い毛の人。人というか、動物? ええと、あなたは誰? あなたは、どうしてここにいるの? ゴマちゃん。ゴマフアザラシです。 ゴマフアザラシなので、もとからゴマの柄があるのですが、 ゴマがちょっと足りないので加筆したんです。 一人ひとりの声の断片より 5―展示室にて 3―たゆたゆ ひっぱらないで触ってもらえれば大丈夫。 4.2メートルくらい上から吊るされています。 ほぉー。あー、すごい。いやぁ、いいですね。 「たゆたゆ」している。これは、何がわですか? 牛革です。牛革の裏側で、スウェードみたいな、 薄くすいたあとにハザイとして出たものです。 それを繋いで、大きなトンビみたいな形にして、 今はその中心のところを触っています。 この繋ぎ方がワイルドでいいですね。 この作品は1年ほど外に展示していたものです。 日に焼けて、表面がカリカリに硬くなっています。 おもしろい手触りですね。 部分によって違っている。 この、床に……とろっ…と…落ちているところがすごく素敵ですね。 それは嬉しいです。「たゆたゆ」していて、………とろっ…と…落ちていて、ああ、どんどん違う言葉が出てきますね。 一人ひとりの声の断片より 6―生まれたての感覚で―1たい1の対話から 靴も靴下も脱いで、裸足で鑑賞して。そうしたら、絵の印象が変わった。いろんな緊張が解けて、リラックスできたから? ― 展示室を裸足で歩く。室内は木の床。空調の関係で冷たいところと温かいところがあって、おもしろい。足の裏で床の木目を感じる。木目の向きの変化も気になる。 ― これまで美術館でやったことがなかったこと―、声を出したり、裸足になったり、触ったり。作品がだんだんリアルになっていく感じがあった。 ― 見えているかたとペアでの鑑賞体験は初めて。複数にんとの鑑賞と違い、ペアでのそれは、たくさんの情報を受け取ることができました。 ― 《森のコミチ》で。こちらから情報を伝えずとも、触るだけで十分に楽しめた。情報を言いすぎることは、見えない人の楽しみを奪ってしまうのかもしれない。 ― 美術館にはほとんど来たことがなくて、インクや額縁の質感を感じたことも初めてでした。 ― 点字を読む人は手の指先がとても大切。カービングの作品は、気をつけて触らなければ。 ― 《物語るテーブルランナー》の作品にあった、懐中電灯でてらしている情景を描いたもの。光が波波とした線で描かれていた。触る絵本や布絵本にもそうした表現があるが、見えないと、光の筋を感じることはなく、温かければ丸っこく感じる。見える人と違うのだな。 ― 肘を持ってもらって、頼ってもらって嬉しかった。一人での鑑賞とは違う体験になった。 ― 視力がないから数えるくらいしか美術館や博物館は利用してこなかった。「触って」と言われても、最初はなかなか手が出なかった。自分はこれまで触ることをしてこなかったと、改めて感じた。 ― 美術館では解説を読んで「こういうものか」と見る習慣があった。今日は作品のエネルギーをより強く感じた。命のエネルギーや、石などが秘めるエネルギー。 ― 私はすごく幼いときに見えなくなった。触るときはいつもこっそりと触っていた。今日はこっそりしなくていいことが嬉しかった。ペアの人と二人で「なんだろう?」と言いながら触った。安心して触ることができたし、一緒に触ってくれた人のおかげで楽しかった。 ― もっとじっくり鑑賞したかった。いろいろ触ったので、印象が薄くなってしまった。 ― 目が見える 見えないは関係なくて、感触は対等なのだと思った。 ― 触るだけでなく、朗読や遠吠えがあったこともよかった。我々は目が使えないので、耳と口が使えて体が休まりました。私のように大人になってから見えなくなった者にとって、点字は使えないので、耳で楽しめるところがあったことは嬉しい。 ― 作品に飛び込んでいく様子や貪欲さに刺激を受けました。私は、今まで目に頼りすぎてきたのかもしれない。 ― この展覧会は何度も見ていたはずなのに、気づいていなかったことがたくさんあって、ちょっと悔しかった。 ― 目が見えないと情報量が減り、イメージが偏りがちになることもあるでしょう。でも、見えない私たちは想像し放題とも言えます。外へ出て、体験を重ね、感性をやしなうことで、想像の幅は格段と広がり、アートに触れれば触れるほど、その翼で高く飛べるし、さまざまな景色が見えてきます。 ― 「今回の展覧会のポイントとか、中心になる作品は?」とたずねた人に、鴻池さんは「特に中心はないです」と答えていました。ああ、鴻池さんはあったかい人だと、妙に納得しました。差異をつけない人だと。自分はこれまで、作品をつくることに執着しすぎました。 ― 《隠れマウンテン シャイニング/S》を、「富士山のガラス製模型」と表現してくださったかたがいました。作品の素材は、ガラスではなく鏡だ。「富士山のような形をした鏡の作品」と言うほうがいいかなと直感したものの、ああ、そうかと思いました。鏡もガラスであるということ。「富士山のガラス製模型」という言葉のほうにこそ、その方の実感が正しく感じられるということ。 32ページ  初々しく世界をとらえて 協力者 スタッフのコメント …………ヘビ:美術館の警備員さんと くじ引きで文の順を決めてみた………… 小林ゆみ アーティゾン美術館…………インターン 初めて鴻池さんの作品に手を触れた時、まるで血の通った生き物の体温に触れているような感覚がしたのを鮮明に覚えています。きっと、作品に宿っている鴻池さんの魂やエネルギー、作品自身の生命力が伝わったのだと思います。その時、自分は今までいかに物事や作品の表面的な部分しか見ていなかったか、思い知らされました。恐らく、参加されていたかたの多くが似たような感覚をいだいたのではないでしょうか。 目が見える 見えないは関係なく、初めて出会った方同士が自分の手から感じたことを共有し、鴻池さんの世界観に惹き込まれていく。このような素敵な光景を目にし、触覚は先入観などのフィルターを通さない対等な目線を与えてくれる感覚なのだと知りました。また、最後に遠吠えをすることにより、皆さんと一緒に作品たちの仲間になれたような気がして心がじんわりとしました。「みる誕生」は、私の世界を広げてくれた出来事として大切に心に刻まれています。 吉岡めぐみ アーティゾン美術館…………インターン 「みる誕生」はスタッフであった私にとっても驚きの連続でした。本プログラムではまず、凹凸をつけた会場マップを触って空間の広さや作品配置を確かめることからはじめ、会場内では靴をぬいで歩き、壁や額縁を丁寧に触ることで、全身を用いてその質感を楽しみました。また、見える人が一方的に物の外観を教えたり解説したりするのではなく、素材の手触りや気づき、疑問点をたがいに共有することで、全員の中に新たな発見が生まれていたように感じました。 このような企画を行う美術館はまだ多くありません。事実、ほとんど初めて美術館に来館されたかたもおり、目の見えない、あるいは見えにくい方々にとってのハードルの高さを思い知らされました。終了後に、参加者の方から掛けられた「また絶対にやってほしい」という言葉が今でも記憶に強く残っています。いつかまた、「みる誕生」に続くような、様々な人に開かれたプログラムに参加できることを心から願っています。 小川順子…………グラフィックデザイナー 「みる誕生」鑑賞会の告知チラシと、本報告書のデザインを担当しました。チラシ制作の時点では自分にとって新しいコミュニケーションツールである、点字を施すことで、役割を成し遂げたような気持ちになっていました。その後、この鑑賞会に参加し、視覚から得る情報を見えない人に伝えるという形だけではない、見える人、見えない人が同等に新しい体験をすることができる、そんなコミュニケーションが可能なのだということに気づかされました。 鴻池さんが「みる誕生」でやろうとしていることを、紙媒体という、視覚中心の情報伝達ツールで、どこまで伝えられるのでしょうか。何が正解かはとても難しいです。印刷加工を加えるなども一つですが、もっと小さなきっかけが入ることでもページを開いている人自身が各々のやりかたで関わってもらえるようなものになるのではないかと思えてきました。 今回、このようなことを考えながらデザインできたことはとても幸福で、これからも大切にしていきたいと思います。 すながサミー…………アーティゾン美術館スタッフ 振り返ると多くの新しい体験をさせていただきました。通常の展覧会では作品に触れてはいけない、大声を出してはいけないことが通例ですが、今回のプログラムではそれが可能なのが新鮮でよいと感じました。なかでも一番印象に残っているのはすべり台の上で遠吠えをしたことです。私は大きな声が出せなかったのですが、参加者の皆様の声が展示室内に響き渡る情景を思い出します。 作家と参加者の関係が与える人と受ける人ということではなく、コミュニケーションの中で作品について語っていたことも印象的でした。こんにちでは感染症対策で、触れていい作品でも触れないことが歯痒く思います。作品を「視覚」だけではなく毛皮などの「触覚」、すべり台の木の香りなどの「嗅覚」でも作品に触れることができ、童心に返るように豊かな気持ちになりました。これからも今回の鑑賞会のような企画を幅広い人に体験していただいて、美術館が感受性を豊かにする場所であり続けてほしいと思います。 安原理恵…………会社員 一言でいうと、触れるということも含めていろいろな感覚を刺激してくれる鑑賞会だったと思います。 毛皮/コートなどがぶら下がっているところでは、様々な感触/大きさの物を全身でぐいぐいかき分けながら触れたり、たまに狼や狸の毛皮に自分の体をぴったりあて、動物の気分になってみたり。別のところでは富士山のガラス製模型を、指先や手のひらを使って繊細なタッチで感じたり(そっと触らないとガラスで皮膚を怪我してしまうので)。そして、鑑賞会の班分けのために引いた革のくじのモデルになっている作品を会場内でみつけた時には、宝探しで宝物を見つけたような「ああ、ここにいたか~」というような気持ちになりました。狼の遠吠えをやってみたことも、自分の中から出てきた何かを感じるおもしろい体験でした。 普段から特に触るということは行っている立場ですが、それでも日常の枠を超えて、自分自身を解放できた時間だったような気がします。 半田こづえ…………明治学院大学非常勤講師 「みる誕生」鑑賞会には、これまで参加したどの鑑賞会とも違うわくわくする時間が流れていました。視覚障害のある私は、これまで、美術館のスタッフの方や一緒にいった友人の言葉に耳をかたむけたり、触れることができる作品があればそれを鑑賞することを通して美術を楽しんできました。誰かが表現し、そこに存在している作品について思いを巡らせたり、すれ違う人々が何かを見ている様子が伝わってくる美術館という空間が私は大好きです。けれども、目で見ることが中心の美術館では、どうしても他の人が見ているものをなんとか理解しようとするあまり、どこかうけ身の姿勢になってしまうきらいがあったように思います。 ところが「みる誕生」鑑賞会では、鴻池朋子さんという頼もしい案内人と一緒に、展覧会という名の森の中を、自分の持てる感覚を総動員して歩き回っているように感じました。しかも、一人ぼっちではさびしい冒険も、連れの人がいることで楽しいものになりました。どこか受け身だった私も、初めて出会った人と二人で力を合わせてこの冒険を成し遂げなければと、いつしか夢中になっていました。考えてみると、美術館という場でこれほど主体的になったことはなかったのかもしれません。 アーティゾン美術館を出ると、そこにはいつもと変わらないトシンの喧騒があり、あわただしい時間が流れていました。けれどもこの森の時間を私は決して忘れることはないと思います。このような鑑賞会が実現できたのは、作家である鴻池朋子さんの深い洞察と、アーティゾン美術館のスタッフの皆様の情熱があったからに他なりません。素敵な「森の時間」を多くの人と共有できたことに心から感謝しています。 三輪みちよ…………彫刻家 鴻池朋子さんとは、アーツ前橋のワークショップでも、見えない作家として一度ご一緒させていただいております。 昨今は視覚障がい者と晴眼者がともに美術を楽しむワークショップが増えてきましたが、これは一般の方の鑑賞ツールであって、見えないながらも作家として風呂敷を広げている者にとっては、物足りないのではないかと予想していましたが、それはいい意味でおお外れでした。 見えない人に、美術のあり様をいかに伝えるかより、障がいをキーワードとして共有する時間を持てたことが楽しかったです。 そして鴻池さんが、制作の素材も技法も、どこかを特別視するわけでもない姿勢が、触るという行為から不思議に読み取れました。特に面白かったのは、額縁です。視覚だけで鑑賞するときは、作品の描かれている内容に比重が行きがちですが、見えない立場で鑑賞すると、統一感を持たない額縁に、鴻池さんのゆるい性格がにじみ出ていて、何だか楽しくなってしまいました。 作品を言葉で鑑賞する方法もありですが、鴻池ワールドは触るという行為が肝要な気がします。革あり、布あり、金属もあり、そしておたけび声あり、すべり台ありとのごちゃまぜ感は遊園地に行くわくわく感があって、私の中の少女が喜びました。 私は鴻池さんと出会うことで、見えなくても作品を作っていくことに少し自信を持つことができました。私は長く手わざを使って木彫を作ってきましたが、見えないことで相当へこんでしまっていました。でも、目が見えないという事実も個性、究極的には技ととらえれば、まだまだ創作は広げていけると思うようにもなりました。 鴻池さん、私にきっかけを作っていただきありがとうございました。また会えるのを楽しみにしています。 佐野はるか…………アーティゾン美術館…………インターン 「みる誕生」鑑賞会にスタッフとして関わり、いかに自分が視覚に縛られた鑑賞体験をしてきたかに気づかされました。鴻池さんの作品は、毛皮や木材、鉱物、鏡と、様々な素材が使われています。普段の美術鑑賞では、展示ぶつに触れることは固く禁じられているため、色遣いや描かれたものを通じて作品を楽しみます。 しかし「みる誕生」鑑賞会では、触れることで質感や温度、堅さ、形状から作品を把握しました。中でも、展示されていた鴻池さんのコレクションの石に触れる機会に恵まれた際、見ただけでは種類が分からないのに対し、ご一緒した目の見えにくいかたは「触れただけで何の石か分かる」とおっしゃっていたことが印象に残っています。本プログラムでは他にも、毛皮を用いた作品のにおいを嗅ぎ、遠吠えをした後に風を感じながらすべり台を滑るといった試みをしており、視覚だけでなく、触覚や嗅覚、聴覚といった身体全体の感覚を用いた美術鑑賞の一例を提案したかのように思います。 江藤祐子…………アーティゾン美術館学芸員 「みる誕生」鑑賞会は、美術鑑賞の新たな捉え方を、参加者にも私たちスタッフにも提示してくれました。一般的に美術館での鑑賞は、五感の中で視覚を中心とします。それに対して「みる誕生」鑑賞会は、視覚以外の感覚も総動員することによって「みる」試みであり、鑑賞の広がりをまさに体感させるものでした。 ワークショップが進むにつれて、参加者の中にそれぞれの「ジャム セッション 鴻池朋子」展の世界が次々と展開していきました。想像力を働かせることは、美術鑑賞の大きな醍醐味の一つです。視覚だけでなく、触覚、聴覚、嗅覚といった感覚に意識を向けること、ならびにペアの相手との対話によって、ひとりひとりの中に、新しい発見と想像が生まれていました。参加者の皆さんのいきいきとした表情と感想が、そのことを何よりも物語っていました。そして、ご自身の出品作品のほぼ全てについて「ぜひ触って鑑賞してほしい」とおっしゃってくださった鴻池さんの懐の深さと熱意が伝わるワークショップでした。 広瀬こうじろう…………国立民族学博物館准教授 「みる誕生」とは観光である。多くの人が集い、どうすればみんなが楽しめる旅行ができるのかを考える。そして、展示室に足を踏み入れれば、五感を刺激する魅力的な作品が僕たちを出迎えてくれる。宮本武蔵はへい法の極意について、「かんの目強く、けんの目弱く」と述べる。視覚で見るのではなく、身体で観る。部分にこだわらず、全体をとらえる。「みる誕生」を通じて、僕たちは「かんの目」の大切さを実感することができる。 英語で観光は…………「sightseeing」である。sightとは、目で見えるもの。seeing…………トワ、全身を使って理解 確認すること。目が見える 見えないに関係なく、「みる誕生」の参加者はかいさいを叫ぶ、…………「I see!」…………と。そうだ、光を見ることができなくても、光を観ることはできる。「観の目」を鍛える創意工夫の積み重ねにより、「みる誕生」はさらに発展する。展示室での非日常体験は、やがて僕たちの日常生活を少しずつ変えていくに違いない。さあ、…………「I see!」…………の感動を共有できる仲間を増やすために、新たな観光に出かけよう! 貝塚つよし…………アーティゾン美術館学芸員 「障がい者」と呼ばれる人たちが多様である、というごく当たり前のことに気づかされた。その「多様」とは、AとBの他にCもある、といったことではなく、AとBの境目がない、という状態のことである。行政上、私は「障がい者ではない」のだけれど、「できること」と「できないこと」の区別が、本当のところ自分ではよく分からない。あるいはまた、今日「できる」ことを、明日も「できる」自信がないし、もちろんそれを誰も保証してくれない。結局「障がい者」という言葉がよく分からなくなってしまった。もしかしたら、社会から疎外されてきた部分が大きい人、という意味なのかもしれない。しかし、それも身体的に疎外されたと定義することも難しい。言い古されたように、身体と精神の差違もまた曖昧だ。ありのままの自己を問い続けるしかないような気もするし、そのために他者との連帯が有効であるということも理解できた。「自分も障がい者」であるという視点が大切なのだろう。 …………ヘビ:1枚のページは 昆虫の羽のようだね………… 39ページ Special Thanks 本プログラム開催のために下記の関係者の皆さまから多大なるご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。 (五十音順 敬称略) ― 今井とも(アーツ前橋学芸員) 半田こづえ(明治学院大学非常勤講師) 広瀬こうじろう(国立民族学博物館准教授) 三輪みちよ(彫刻家) 安原理恵(会社員) 公益財団法人日本盲導犬協会 神奈川訓練センター 社会福祉法人日本点字図書館 …………ヘビ:声に出して読んでくれたら ようやく呼吸ができたよ………… 40ページ ジャム セッション 石橋財団コレクションかける鴻池朋子 「鴻池朋子 ちゅうがえり」展 関連プログラム「みる誕生」鑑賞会 主催 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館 企画 鴻池朋子 アーティゾン美術館教育普及部 ― 「みる誕生」鑑賞会報告書 企画 細矢かおり デザイン 小川順子 編集 校正 菅原じゅんこ 執筆(五十音順) 江藤祐子 小川順子 貝塚つよし 小林ゆみ 佐野はるか すながサミー 半田こづえ 広瀬こうじろう 細矢かおり 三輪みちよ 安原理恵 吉岡めぐみ ヘビ 鴻池朋子 印刷 株式会社山田写真製版所 カバー加工 SINKA株式会社 イージータクティス 製本 有限会社しのはらしこう 製本協力 アーティゾン美術館 インターン ほか有志の皆さま 発行 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館 発行日 2022年3月31日 シーマーク2022 アーティゾン ミュージアム, イシバシ ファンデイション シーマーク2022 トモコ コウノイケ 本書は、下記のアーティゾン美術館ホームページよりテキストデータをダウンロードしてお読みいただけます。 文章および写真の無断転載はご遠慮ください。 ウェブサイト www.artizon.museum/program/report/program-report-20220331/ 連絡先 アーティゾン美術館「みる誕生」報告書係 〒104-0031東京都中央区京橋1-7-2 アーティゾン美術館  メールアドレス supporteducation@artizon.jp …………ヘビ:そろそろ本のノドの奥の家へ帰ろう…………