見どころ
1
石橋財団が近年収蔵した
瀧口修造の造形作品を
初めて大規模に公開。
石橋財団は近年、瀧口修造の作品を相次いで収蔵し、その総点数は現在、他の作家との共同制作作品を含めると、計163点にのぼります。それらには、生前の主要な展覧会に出品されたものや、交流のあった作家に贈られたものなど、瀧口の創作をうかがう上で重要な作品が含まれています。この瀧口コレクションの一部は、2021年の「STEPS AHEAD 新収蔵作品特別展示」以降、複数回にわたり、アーティゾン美術館で公開されてきましたが、本企画は、瀧口を企画の中心に据え、これらの作品のおよそ半数を一挙に公開する初の機会となります。
瀧口修造《無題》1960年
瀧口修造《無題》1962年
瀧口修造《作品》1966年
瀧口修造《無題》1968年
瀧口修造《私の心臓は時を刻む》1971年
瀧口修造《無題》1971年
2
初期に始まる詩作や
評論などの「書く」行ないと、
後年に本格化する「描く」
行ないの関わりを探る。
瀧口がそれまで取り組んでいた評論活動を控え、造形活動に多くの時間を費やすようになるのが、1960 年頃のことです。この一見、唐突に映る、「書く」ことから「描く」ことへの移行について、瀧口の中でこれらふたつの行ないが相異なるのではなく、自然と脈絡を通じるものであったことは、当時、自らのテキストで語っています。本企画はこの点に着目し、1920年代の詩作から、続く時期に始まる美術評論など、瀧口の「書く」行ないを踏まえ、そこからいかにして「描く」行ないへと至ったか、その通路を探ります。
3
セザンヌから草間彌生まで、
関連作家の作品を
石橋財団コレクションより出品。
近代以降の美術に対して
瀧口が向けた視線をうかがう。
シュルレアリスムへの関心から1930年代に美術に接近した瀧口は、1938年に自身の近代芸術観を示す 『近代芸術』(三笠書房)を刊行。1940年に刊行した『ミロ』(アトリエ社)は、ジョアン・ミロに関する世界で最初のモノグラフとして知られます。戦後は、読売アンデパンダン展や神田駿河台下のタケミヤ画廊の展覧会活動を通じて、同時代の作家たちの紹介に努めたのをはじめ、1958年には初めて渡欧し、アンドレ・ブルトンやアンリ・ミショー、マルセル・デュシャンらと交流。特にミロやデュシャンら一部の作家とは、尽きせぬ着想源や共同制作のパートナーとして、後年の制作活動においても関わりを結んでいます。20世紀中盤という転換期を生きた存在として、瀧口はいかなる美術観を形成し、自らによる実践のほかに、どのような作家の創作に目を向けていたのか。関連する作家の作品を石橋財団コレクションより出品します。
瀧口修造、ジョアン・ミロ《手づくり諺 -ジョアン・ミロに》1970年
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2026 C5301
瀧口修造、岡崎和郎《檢眼図》1977年 ©︎ Kazuo Okazaki
瀧口修造《マルセル・デュシャン語録》1968年
パウル・クレー《小さな港》1937年
岡鹿之助《雪の発電所》1956年
福島秀子《銀の絵》1959年
荒川修作《クールベのカンヴァスNo.2》1972年
© 2016 Reversible Destiny Foundation.
Reproduced with permission of the Reversible Destiny Foundation
全て石橋財団アーティゾン美術館蔵




