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安齊重男《瀧口修造、自由が丘画廊、東京、1978年1月》1978年/1980年代前半 © Estate of Shigeo Anzaï

公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館は、5・4階展示室にて、「石橋財団コレクション選」として、近代を中心にコレクションを代表する作品を展示するとともに、「瀧口修造 書くことと描くこと」展を開催します。
石橋財団は、昭和期を代表する詩人にして美術批評家、瀧口修造(1903–1979)による作品163点(他の作家との共作含む)を所蔵しています。本展は、収蔵後にこれらの作品の半数余りを一挙に公開する初の機会となります。1920年代にシュルレアリスムの影響下に自ら詩作を始め、1930年代から戦後にかけて、ポール・セザンヌから同時代に至る美術についての思索と著述を重ねていく瀧口の歩みは、「書く」営みに貫かれたものです。
その瀧口が1960年に本格的に試みるようになるのが、自身で「デッサン」と称する造形作品の制作です。「書く」ことを通じて世界と対峙してきた瀧口において、「描く」こととはいかなる行為であったのか。本展は、詩作から美術批評、展覧会の企画や他の作家との交流など、瀧口の活動全体を視野に収めながら、多様な実験的技法による瀧口作品と、パウル・クレーやマルセル・デュシャン、ジョアン・ミロをはじめとする関連作家の作品、あわせて約140点の展観を通して、この問いを再考するものです。

瀧口修造《無題》1968年

瀧口修造《私の心臓は時を刻む》1971年

瀧口修造《無題》1971年

安齊重男《瀧口修造、自由が丘画廊、東京、1978年1月》
1978年/1980年代前半 © Estate of Shigeo Anzaï

瀧口修造

TAKIGUCHI Shuzo

(1903–1979)

富山県に生まれる。1921年に上京。1926年から慶應義塾大学文学部英文科で西脇順三郎に学び、当時最新の芸術動向であったシュルレアリスムに関心を寄せるとともに、自ら詩作を始める。1930年にアンドレ・ブルトン『超現実主義と絵画』を翻訳、刊行。この時期より美術に関心を寄せ、シュルレアリスムの造形活動を中心に論じるようになる。1950年代に入ると、美術時評の執筆に盛んに取り組むようになるほか、読売アンデパンダン展の批評やタケミヤ画廊の展覧会活動の作家選定などを手がけ、日本の同時代美術への関与を深めていく。1958年の第29回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では、日本館展示のコミッショナーと審査員を務めた。1960年頃から評論の執筆を控えるとともに、ドローイングや水彩などの制作に取り組み始め、同年10月に初個展「私の画帖から」(南天子画廊)を開催。1970年代にかけ、多様な技法や作品の様態を実験的に試みながら、自作の発表を重ねた。1979年に病没。

全て石橋財団アーティゾン美術館蔵

他の出品作家

*生年順

ポール・セザンヌ
オディロン・ルドン
コンスタンティン・ブランクーシ
パウル・クレー
パブロ・ピカソ
ジョルジュ・ブラック
ジャン・アルプ
マルセル・デュシャン
マン・レイ
マーク・トビー
ジョアン・ミロ
ジャン・フォートリエ

岡鹿之助
ルーチョ・フォンタナ
アンリ・ミショー
ジャン・デュビュッフェ
ジョゼフ・コーネル
斎藤義重
村井正誠
脇田和
浜口陽三
オノサト・トシノブ
ヴォルス

駒井哲郎
野見山暁治
元永定正
アントニ・タピエス
福島秀子
山口勝弘
草間彌生
ジャスパー・ジョーンズ
岡崎和郎
靉嘔
荒川修作

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  • 2026.5.26

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