セクション解説

セクション I. 柴田敏雄 ― サンプリシテとアブストラクション

柴田敏雄はダム、コンクリート擁壁や橋梁など、インフラストラクチャーの構造物のある風景をモティーフとした、緊張感のある画面構成を特徴とする作品で知られています。その作品は、造形への強い意思を示す故に、しばしば「抽象絵画」と評されてきました。
柴田が最初のセクションのタイトルとして選んだ「サンプリシテ」とは、フランス語で「単純化」を意味します。「抽象」という言葉は、人が認識するために様々な表象から特定の性質や状態を抜き出すことを意味しますが、これは「サンプリシテ」に通じる言葉と言えましょう。
画家、藤島武二はかつて「絵画芸術では単純化(サンプリシテ)ということは最も大事なことと信ずる。複雑なものを簡約する。如何なる複雑性をも、もつれた糸をほぐすように画家の力で単純化するということが画面構成の第一義としなければならない」(「足跡を辿りて」、『美術新論』1930年5月)と記述しています。それはすなわち対象の本質的要素を選び出し、イメージから無駄なものを削ぎ落とすことを試みる柴田の作品制作に重なる態度です。柴田は、表現方法として写真を選び、その特質を活かした創造の方法を模索してきました。しかしそれは絵画の単純な模倣や類似といったものではなく、作品に美的価値を持たせるための技法の特質による可能性の追求に他なりません。
このセクションでは柴田と藤島武二の作品を端緒に、マティスやモンドリアンら抽象的傾向を示す絵画と柴田の写真が並置されます。

  • 柴田敏雄 | 山形県尾花沢市 2018年 / SHIBATA Toshio | Obanazawa City, Yamagata Prefecture, 2018 柴田敏雄 | 山形県尾花沢市 2018年
  • 藤島武二 | 日の出 / FUJISHIMA Takeji | Sunrise 藤島武二 | 日の出
  • 柴田敏雄 | 茨城県日立市 2008年 /SHIBATA Toshio | Hitachi City, Ibaraki Prefecture, 2008 柴田敏雄 | 茨城県日立市 2008年

セクション II. 鈴木理策 ― 見ることの現在/生まれ続ける世界

鈴木理策は、故郷の熊野の風景をはじめ、水面、桜や雪景などを主題として作品を制作してきましたが、その姿勢はつねに写真というメディアへの探求と、「見ることの現在」への問題意識によって貫かれています。鈴木はまた、目の前の現実をありのままに描く印象派の画家たち、特にセザンヌとモネの絵画制作に関心を持ち、画家たちが制作した場所を実際に訪ねて写真を撮り、作品を制作しています。しかしそれは、絵画が描かれた場所を特定したり、作品に描かれた風景の現在を確かめることが目的ではありません。その場所を訪ねることで、地形や気候、時間によって変化する光、どの方角からどのような風が吹くかを実際に経験し、そこで画家たちが何を感じ、何を手に入れようとしたのかを五感で感じることを試みているのです。「間断なく生起する現在を誠実に画布に表すこと。その革新的な創意を後押しするかのように、彼らが描いた場所には光や風がみずみずしく生まれ続けていた」ことを確認した鈴木は、この感覚をカメラという機材を用いて自らの作品を成し遂げています。
このセクションでは、モネの水のある風景、およびクールベの雪のある情景を描いた絵画と鈴木の写真が並置されます。

  • クロード・モネ | 睡蓮 1903年 / Claude MONET | Water Lilies, 1903 クロード・モネ | 睡蓮 1903年
  • 鈴木理策 | ジヴェルニー 16, G-41 2016年 / SUZUKI Risaku | Giverny 16, G-41, 2016 鈴木理策 | ジヴェルニー 16, G-41 2016年
  • 鈴木理策 | White 19, A-118 2019年 / SUZUKI Risaku | 19, A-118, 2019 鈴木理策 | White 19, A-118 2019年

セクション III. ポール・セザンヌ

柴田敏雄と鈴木理策は、芸術家を志す頃よりセザンヌの絵画に触発されたと言い、その革新的な表現は、今なおふたりの芸術家の制作態度に多大な影響を与え続けています。
「印象主義を美術館の芸術のように堅固で永続的なものにしたかった」とは、1906年に画家モーリス・ドニが、『オクシダン』誌に寄稿したテキストの中で紹介したセザンヌの言葉です。印象派の豊穣で破綻のない見たままの自然の色調を伝えるがために純色のみで描く方法が、しばしば遠近感を、そしてまた現実感をも失ってしまうことを、セザンヌが回避しようと模索していたことがここに示されています。セザンヌが晩年に描いた《サント=ヴィクトワールとシャトー・ノワール》(1904-06年頃)は、まさにこの一節を象徴するイメージであり、見る者に崇高の念を抱かせる。
柴田の《高知県土佐郡大川村》(2007年)そして鈴木の《サンサシオン 09, C-58》(2009年)もまた写真というメディアにより、それぞれの手法でこれを実現していると言えるでしょう。このセクションでは、セザンヌの作品とふたりの作家の作品を並置してそれぞれの芸術表現の在り方をお示しします。
このセクションでは他にセザンヌの静物や水浴図とともに、柴田の「ナイト・フォト」から、鈴木の「セザンヌのアトリエ」からの作品とともに展示されます。

  • 柴田敏雄 | 高知県土佐郡大川村 2007年 東京都写真美術館蔵 / SHIBATA Toshio |Okawa Village, Kochi Prefecture, 2007, Collection of TOKYO PHOTOGRAPHIC ART MUSEUM 柴田敏雄 | 高知県土佐郡大川村 2007年 東京都写真美術館蔵
  • ポール・セザンヌ | サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール 1904-1906年 / Paul CÉZANNE| Mont Sainte-Victoire and Château Noir, c.1904-06 ポール・セザンヌ | サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール 
    1904-1906年
  • 鈴木理策 | サンサシオン 09, C-58 2009年 / SUZUKI Risaku | Sensation 09, C-58, 2009 鈴木理策 | サンサシオン 09, C-58 2009年
  • 柴田敏雄 | Gent, Belgium  1979年 / SHIBATA Toshio | Gent, Belgium,1979 柴田敏雄 | Gent, Belgium 1979年
  • ポール・セザンヌ | 水浴 1865-70年頃 / Paul CÉZANNE| Male and Women Bathers, c.1865-70 ポール・セザンヌ | 水浴 1865-70年頃
  • 鈴木理策 | サント=ヴィクトワール山 NZ P-73 2001年 / SUZUKI Risaku | Mont Sainte-Victoire NZ P-73, 2001 鈴木理策 | サント=ヴィクトワール山 NZ P-73 2001年

セクション IV. 柴田敏雄 ― ディメンション、フォルムとイマジネーション

このセクションは、前のセクションを引き継ぎ、構図においてフォルムが強調された作品、幾何学的モティーフを扱う作品で構成されています。ここで柴田が最初に選んだ絵画は、ヴァシリー・カンディンスキーの《3本の菩提樹》(1908年)。モティーフの形態や構図においてセザンヌから多大な影響を受けたカンディンスキーが、「青騎士」の時代に描いた作品です。柴田はこの作品の複数の色面で構成される構図に関心を持ちました。「面」として浮かびあがる画面内の要素が、押したり、引いたりし合うように見えて、構図の中で左右や上下の方向への運動のみならず、奥行き感までも創出しています。柴田のインフラストラクチャーの構造物をモティーフとする作品においては、しばしばこれと同様な効果が見られます。構造物の面が強調され、それらの組み合わせが画面の構成を決定付けています。
柴田は一方で、円空の仏像をコレクションの中から二体選び出しています。円空が、日本各地の霊山を巡り、その土地の山林の樹木よりあらあらしく彫り出された彫像は、装飾や色彩を施されることもなく、素材そのものの質感を残し、抽象的な仏の造形です。柴田は、このような立体的なフォルムを平面に落とし込むことに関心があったと言います。自然風景の中より画面を整える中心となるフォルムを抽出し、2次元上で再構成する。それは画面上で押したり引いたりし合うような視覚的効果を生み出し、見る者のイマジネーションを刺激します。

  • 柴田敏雄 | 栃木県那須塩原市 2020年 / SHIBATA Toshio | Nasushiobara City, Tochigi Prefecture, 2020 柴田敏雄 | 栃木県那須塩原市 2020年
  • ヴァシリー・カンディンスキー | 3本の菩提樹 1908年 / Wassily KANDINSKY| Three Linden Trees, 1908 ヴァシリー・カンディンスキー | 3本の菩提樹 1908年
  • 柴田敏雄 | 栃木県日光市 2013年 / SHIBATA Toshio | Nikko City, Tochigi Prefecture , 2013 柴田敏雄 | 栃木県日光市 2013年

セクション V. 鈴木理策 ― 絵画を生きたものにすること/交わらない視線

このセクションの最初のパートに鈴木は、「絵画を生きたものにすること」とタイトルをつけ、写真的なイメージのある絵画作品が選んでいます。最初はピエール・ボナールの《ヴェルノン付近の風景》(1929年)。ボナールは、世紀末のナビ派での活動を経て、独自の道を辿り模索しはじめた頃、カメラを愛好し、コダックの機材で自ら撮った写真を参考に絵画で「瞬間」を描くことや新しいフレーミングを探求しました。また、モチーフを前に絵を描くのではなく、時にスケッチや写真を使いながらも、人間の視覚を意識して考察し、記憶を頼りに描くことを試み、結果としてその作品のイメージは、生きている人間の視覚をありのままに再現することが試みられました。この意識は、鈴木理策の自然風景へのフレーミング、フォーカシングに共通するものです。
ここではまたアルベルト・ジャコメッティの絵画、素描、彫刻が鈴木の作品とともに展示されています。ジャコメッティの見えるものを見える通りに描き、かたちづくり、つくられたものの本質に迫る姿勢は、鈴木が撮影している時「今見ていること」を伝えようとする姿勢と重なります。
このセクションのもうひとつのテーマは「交わらない視線」。これは鈴木の肖像画のシリーズと絵画の関係を示しています。鈴木の「ミラー・ポートレート」は、モデルが自身の姿を見つめる姿をハーフミラー越しに撮影した肖像写真の連作です。撮影者の存在を消すことによって、見る・見られるという関係から解放されたポートレートとなっています。これらは、鏡にうつる自分を描いたエドゥアール・マネの《自画像》(1878-79年)をはじめとしたコレクションの自画像、肖像画とともに展示されます。

  • ピエール・ボナール | ヴェルノン付近の風景 1929年 / Pierre BONNARD | Landscape near Vernon, 1929 ピエール・ボナール | ヴェルノン付近の風景 1929年
  • 鈴木理策| りんご21,P-11 2021年 / SUZUKI Risaku|Apples 21, P-11, 2021 鈴木理策| りんご21,P-11 2021年
  • 鈴木理策 | Mirror Portrait RMP16, T-40A 2016年 / SUZUKI Risaku|Mirror Portrait RMP16, T-40A, 2016 鈴木理策 | Mirror Portrait RMP16,
    T-40A 2016年

セクション VI 雪舟

本展の最終セクションでは、室町時代に活躍した画僧、雪舟の水墨画と、柴田敏雄、鈴木理策両作家の作品が並置されます。
雪舟等楊は室町時代に活躍した禅僧の画家。南宋院体画の様式を軸に、日本の水墨画の動向を参照しつつ、自らの空間構成を自由に持ち込んで独自の構築的世界を展開しました。古典と現代、そして自らが新たに模索する形態感覚により画を革新させていく姿勢はセザンヌを想起させます。《四季山水図》は同時代の日本の水墨画に特徴的な繊細で整った様式からは逸脱し、豪胆な筆触により独自の形態感覚で対象を捉え、独自の空間感覚により画面を構築している風景画です。
柴田は、《四季山水図》の様々なモティーフが組み合わせた空間構成に着目しました。それは見慣れた遠近法による空間表現とは異なり、見る者の視線が固定されることを拒む効果を生んでいます。柴田がここで示す3点の作品は、1990年代初頭に制作された、アメリカの巨大インフラ、グランド・クーリー・ダムをモティーフとした作品です。そのイメージは、画面の中心となるモティーフや焦点、あるいはイリュージョンによる表現を排除し、画面全体を均質的で平坦な表現で覆ったスケール感とダイナミズムを持ち合わせています。
鈴木は、《四季山水図》の四幅それぞれにあらわれる余白に目を向けました。自らの雪景の作品との類似を感じ取ったからです。ここで展示する2点は、日本の山岳地帯の奥地へと分け入り、白銀の世界に身を置いて制作された作品です。視線を低く取り、下生を覆うように被さる雪、その上に雪を纏う常緑樹の枝葉が、柔らかい影を落としている様子を捉えています。雪舟と鈴木の作品ともに、画面における余白と雪の部分の配置はそれぞれの作品で異なります。それらはたとえ大きくあっても小さくあっても、「描かれていない」が故にそこからイマジネーションにより余情を喚起し、セザンヌの塗り残しと同様に、構図を完成させる上で決定的な役割を果たしています。

  • 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年 / SHIBATA Toshio | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA, 1996 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年
  • 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年 / SHIBATA Toshio | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA, 1996 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年
  • 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年 / SHIBATA Toshio | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA, 1996 柴田敏雄 | Grand Coulee Dam, Douglas County, WA 1996年
  • 雪舟 |四季山水図(春幅)室町時代 15世紀  / SESSHU | Landscape of the Four Seasons,Muromachi period, 15th century 雪舟 |四季山水図(春幅)室町時代 15世紀
  • 雪舟 |四季山水図(夏幅)室町時代 15世紀  / SESSHU | Landscape of the Four Seasons,Muromachi period, 15th century 雪舟 |四季山水図(夏幅)室町時代 15世紀
  • 雪舟 |四季山水図(秋幅)室町時代 15世紀  / SESSHU | Landscape of the Four Seasons,Muromachi period, 15th century 雪舟 |四季山水図(秋幅)室町時代 15世紀
  • 雪舟 |四季山水図(冬幅)室町時代 15世紀 / SESSHU | Landscape of the Four Seasons,Muromachi period, 15th century 雪舟 |四季山水図(冬幅)室町時代 15世紀
  • 鈴木理策 | White 07, H-17 2007年 / SUZUKI Risaku |  White 07, H-17, 2007 鈴木理策 | White 07, H-17 2007年
  • 鈴木理策 | White 07, H-18 2007年 / SUZUKI Risaku |  White 07, H-18, 2007 鈴木理策 | White 07, H-18 2007年

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