2月7日の土曜講座は、本展監修者でオルセー美術館学芸員のシルヴィー・パトリ氏をお迎えして、オルセー美術館のコレクションについてお話いただきました。同美術館が80点近くものモネ作品を収蔵する舞台裏に焦点を当てた、コレクション史の物語です。

人とのつながりが作り上げた
「オルセーのモネ」

今年はモネがジヴェルニーで没した1926年から数えて没後100年、そしてオルセー美術館開館40年に当たる年です。現在、オルセー美術館はモネ作品を76点所蔵し、そのうちの41点が本展のために東京にやってきました。それらの作品は初期作品から最晩年まで、モネの歩みを一貫して追える網羅的なものです。初期作《ノルマンディーの農場》と晩年の《しだれ柳》を見比べるとモネの作品は写実から抽象へ変化していく様子が見られます。このモネの変化の流れを同じ美術館のコレクションで見られるのがオルセー美術館の強みだと思います。

とはいうものの、このコレクションは簡単に構築できたものではありません。そもそも、印象派の画家たちは1874年の第一回印象派展以来、アカデミックな制度へ対抗する姿勢を取っていました。モネも美術館からの作品購入の打診を断ったりもしています。それゆえ、モネが逝去する1926年の時点でフランスの国立美術館にモネの作品は34点しか収蔵されていませんでした。

クロード・モネ《ノルマンディーの農場》1863年頃、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / René-Gabriel Ojéda / distributed by AMF
クロード・モネ《しだれ柳》1920-22年、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF

カイユボットが開いた、
コレクションの扉

モネの作品をフランスの国立美術館が最初に収蔵できたのは、モネやルノワールたちの友人であり、印象派の画家のギュスターヴ・カイユボット(1848〜1894)の遺贈のおかげです。親の代から裕福なカイユボットは、モネやルノワールら友人の画家たちから作品を購入し、自身も現代の生活を描きつづける人物でした。彼は若いときから「自身の印象派コレクションをフランスの国立美術館に遺贈する」とする遺言状をしたためていました。そして、45歳で彼が亡くなった後、約40点の作品が、存命の画家たちの作品を収蔵する方針を取っていたリュクサンブール美術館に収蔵されることとなりました。インターネット上では「カイユボットの印象派の作品遺贈はフランスに拒否されてトラブルになった」という情報が流布されていますが、実際はスムーズに受け入れられています。フランスは彼のコレクションのために別館まで用意したことも知っていただきたいです。なお、カイユボットが遺贈した作品のうち、モネ作品は8点ありました。そのうち7点が今回の展覧会に来ています。

クロード・モネ《サン=ラザール駅》1877年、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Benoît Touchard / distributed by AMF
クロード・モネ《昼食》1873年頃、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Franck Raux / distributed by AMF

異例のルーヴル美術館収蔵

イザック・ド・カモンド(1851〜1911)もオルセーのコレクションを増やした貢献者のひとりです。トルコのイスタンブールで生まれ、18歳でパリに渡った彼は、銀行家で音楽家という多彩な人物でした。彼は印象派の熱心なコレクターで、ジヴェルニーにあったモネの家に訪ねるほど親しくなりました。しかも、価格交渉をしないという、アーティストにとっては非常にありがたいパトロンでした。

カモンドはモネの光や色の移ろいを表現する「連作」の試みを理解し、ルーアン大聖堂の連作をまとめて4点購入しました。音楽家だったカモンドは、連作のなかでモティーフが繰り返されていることが、テーマを反復したり展開をする音楽のように感じていたようです。

そして、このカモンドは「ルーヴル美術館に自分のコレクションを遺贈すること」を絶対条件とした遺言状を制作しました。ルーヴル美術館は本来、存命の作家作品は収蔵しません。かつてフランス国家に作品を寄贈したカイユボットの作品のように、リュクサンブール美術館が収蔵するべきだったのですが、モネのほか、ドガ、ルノワールらの作品がルーブル美術館入りすることとなりました。かつて、アカデミズムに反抗していた印象派の画家たちの作品が、そのアカデミズムの頂点に立つルーヴル美術館に収蔵されたことは「美しいパラドックス」だと感じています。現在、ルーヴル美術館に収蔵されたモネの作品はオルセー美術館に移管されています。カモンドが遺贈したモネの作品は14点ですが、このうち11点が本展で展示されています。

クロード・モネ 《ルーアン大聖堂 扉口 朝の太陽》1893年、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF
クロード・モネ 《睡蓮の池、緑のハーモニー》1899年、オルセー美術館蔵
Photo © GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Stéphane Maréchalle / distributed by AMF

国家が購入した《庭の女たち》

もちろん、オルセー美術館のモネコレクションは、篤志家だけのおかげではありません。美術館もモネから作品を4点のみですが購入しています。最初に購入したのは1907年の《ルーアン大聖堂》です。これは、モネの友人で後にオランジュリー美術館創設の立役者となったジョルジュ・クレマンソーの後押しによるもの。モネはすでに個人コレクターに売っていた作品をわざわざ買い戻し、7000フランで国に売却します。これはかなりリーズナブルな「美術館価格」です。

モネはジヴェルニーに移り住んでから「睡蓮」を描き始めましたが、次第にその作品サイズが大きくなっていきます。1918年、第一次世界大戦が終わった翌日に、モネはクレマンソーに勝利と平和の回復を記念し、睡蓮をフランスに寄贈したいと申し出ました。息子ミシェルが前線に招集されたこと、クレマンソーが軍事大臣も兼務するようになったことなど、モネにとって戦争が身近になり、いろいろな心境の変化があったのでしょう。

そんなモネの申し出に対し、フランスは寄贈に感謝する意味で、モネに別の作品を購入することを持ちかけます。モネが選んだのは《庭の女たち》。描かれている女性は全員最初の妻カミーユがモデルになっています。モネがこの作品を選んだのは、印象派の人物画の大作が国立美術館のコレクションに入っていなかったこと、カミーユへのオマージュ、そして「償い(復讐)」です。モネはこの作品を1867年のサロンに出して落選しているんです。フランスは《庭の女たち》は20万フランで購入することとなり、モネはこの翌年に「睡蓮」の寄贈を正式に契約しました。

ちなみに、睡蓮の壁画はモネが亡くなる1926年までアトリエに置かれ、亡くなってからすぐにオランジュリー美術館に運ばれ、翌年開館しました。けれども、開館当初、オランジュリー美術館は来場者がほとんどなかったのです。そのテコ入れのため、美術館側は睡蓮の壁画を隠して、別の企画展を行いたいと息子のミシェルに提案するのですが、もちろん遺族は大激怒。ミシェルさんは、《印象・日の出》はじめ多くの作品を私立のマルモッタン・モネ美術館に遺贈してしまいました。

クロード・モネ《死の床のカミーユ》1879年、オルセー美術館蔵
Photo © Musée d'Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF

その後もコレクションは拡充していく

このほかにも様々な形でオルセー美術館のモネ・コレクションは拡充していきます。フランスには税金を納付するかわりに、不動産や絵画などを寄付する代物弁済の制度があります。

ポリニャック伯爵夫人は、シンガーミシンの創業者の孫で、旧姓はウィナレッタ・シンガー。フランス革命にその名が知られるポリニャック侯爵夫人の孫の妻です。彼女自身が芸術家で、パトロンであり、莫大な財産を持つコレクターでした。彼女は作品のほか、作品購入の資金も寄贈してくれたのですが、代物弁済の制度を利用して、《パリ・モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》のほか《石炭の積み下ろし》や《ポプラ並木、風の日》などをオルセーに寄贈してくださりました。この展覧会でご覧いただけます。

そして、2023年にオルセー美術館のコレクションに入った《ティエップ近くの断崖》も代物弁済の制度でやってきました。じつは、この作品は所有者に大切にされていて1910年以来、一般公開されていない作品でした。日本で公開されるのは非常に珍しいことです。

この展覧会、そして作品は、モネの没後100年へのお祝いのような気持ちで持ってまいりました。日本の皆様にもぜひお楽しみいただければと思います。

テキスト:浦島茂世

クロード・モネ《パリ・モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》1878年、オルセー美術館蔵
Photo © Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF