瀧口修造 書くことと描くこと
2026年6月23日[火] - 10月4日[日]

概要
石橋財団は、昭和期を代表する詩人にして美術批評家、瀧口修造(1903-1979)による作品163点(他の作家との共作含む)を所蔵しています。本展は、収蔵後にこれらの作品のおよそ半数を一挙に公開する初の機会となります。
1920年代にシュルレアリスムの影響下に自ら詩作を始め、1930年代から戦後にかけて、ポール・セザンヌから同時代に至る美術についての思索と著述を重ねていく瀧口の歩みは、「書く」営みに貫かれたものです。その瀧口が1960年に本格的に試みるようになるのが、自身で「デッサン」と称する造形作品の制作です。「書く」ことを通じて世界と対峙してきた瀧口において、「描く」こととはいかなる行為であったのか。本展は、詩作から美術批評、展覧会の企画や他の作家との交流など、瀧口の活動全体を視野に収めながら、多様な実験的技法による瀧口作品と、パウル・クレーやマルセル・デュシャン、ジョアン・ミロをはじめとする関連作家の作品、あわせて約120点の展観を通して、この問いを再考するものです。
略歴

安齊重男《瀧口修造、自由が丘画廊、東京、1978年1月》1978年/1980年代前半 石橋財団アーティゾン美術館 © Estate of Shigeo Anzaï
瀧口修造(1903–1979)
富山県に生まれる。1921年に上京。1926年から慶應義塾大学文学部英文科で西脇順三郎に学び、当時最新の芸術動向であったシュルレアリスムに関心を寄せるとともに、自ら詩作を始める。1930年にアンドレ・ブルトン『超現実主義と絵画』を翻訳、刊行。この時期より美術に関心を寄せ、シュルレアリスムの造形活動を中心に論じるようになる。1950年代に入ると、美術時評の執筆に盛んに取り組むようになるほか、読売アンデパンダン展の批評やタケミヤ画廊の展覧会活動の作家選定などを手がけ、日本の同時代美術への関与を深めていく。1958年の第29回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では、日本館展示のコミッショナーと審査員を務めた。1960年頃から評論の執筆を控えるとともに、ドローイングや水彩などの制作に取り組み始め、同年10月に初個展「私の画帖から」(南天子画廊)を開催。1970年代にかけ、多様な技法や作品の様態を実験的に試みながら、自作の発表を重ねた。1979年に病没。開催概要
展覧会名
- 瀧口修造 書くことと描くこと
会期
- 2026年6月23日[火] - 10月4日[日]
開館時間
- 10:00–18:00(毎週金曜日は20:00まで)*入館は閉館の30分前まで
休館日
- 月曜日(7月20日、9月21日は開館)、7月21日、9月24日
主催
- 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
会場
- 5・4階展示室
同時開催
- エットレ・ソットサス —魔法がはじまるとき、デザインは生まれる
入館料 (税込)
| ウェブ予約チケット | 窓口販売チケット | |
|---|---|---|
| 一般 | 1,200 円 | 1,500 円 |
|
大学生 専門学校生 高校生 |
無料 要ウェブ予約
入館時に学生証か生徒手帳をご提示ください。 | |
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障がい者手帳をお持ちの方と 付き添いの方1名 |
無料 予約不要
入館時に障がい者手帳をご提示ください。 | |
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中学生 以下の方 | 無料 予約不要 | |
*予約枠には上限があります。
*予約枠に空きがあれば、美術館窓口でもチケットをご購入いただけます。
*この料金で同時開催の展覧会を全てご覧いただけます。
作品

安齊重男《瀧口修造、自由が丘画廊、東京、1978年1月》1978年/1980年代前半、石橋財団アーティゾン美術館 © Estate of Shigeo Anzaï

瀧口修造《無題》1962年、石橋財団アーティゾン美術館

瀧口修造《作品》1966年、石橋財団アーティゾン美術館

瀧口修造《私の心臓は時を刻む》1971年、石橋財団アーティゾン美術館

瀧口修造《無題》1971年、石橋財団アーティゾン美術館

瀧口修造、岡崎和郎《檢眼図》1977年、石橋財団アーティゾン美術館 ©︎ Kazuo Okazaki

瀧口修造《マルセル・デュシャン語録》1968年、石橋財団アーティゾン美術館

パウル・クレー《小さな港》1937年、石橋財団アーティゾン美術館

岡鹿之助《雪の発電所》1956年、石橋財団アーティゾン美術館

福島秀子《銀の絵》1959年、石橋財団アーティゾン美術館